鬱病と、自閉症を乗り越えて・・・。妄想じゃ〜に〜誕生秘話。

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皆さん、こんにちは。

当ブログの管理人”さとぼーそん”(@LILY_LORE_)です。

今回の記事は、『妄想じゃ〜に〜。』が誕生するに至った経緯を書いてみました。

鬱と自閉症との闘いなど波乱万丈な内容になっております。

熱が入り大変長くなってしまったので、トイレを済ませてコーヒーを淹れた上で読まれることをおススメ致します。

はい。

プロフィール>>>さとぼーそんロングインタビュー

これまでの登場キャラの詳細>>>リリーと愉快な仲間たち

僕の歩く道。妄想じゃ〜に〜誕生秘話

今から約二年前・・・。

その頃の自分は数多くの不幸が重なって、自分を見失うほど病んでいた。

現実逃避するかのように、酒浸りの毎日。

アルコールが抜けると、自分の気持ちとは関係なく『自分の死』を連想させる映像が頭を支配。

気を抜くと頭が爆発しそうな感覚に陥る。

気持ちの上では自殺願望は全くなかったが、”生きる意味”を感じられずにいたのは確かだった。

鬱とアルコール

更には信じていた人間からの度重なる裏切り。

人間不信から鬱発症・・・それから約半年近く自宅に一人引きこもる日々が続いた。

外に出るのは食料と酒を調達しにいく時くらいなもんだ。

幸い自営業をしてるので現場には出ずとも生活には困らなかったが、絵に描いたような堕落ぶり。

仕事以外の人間とは一切連絡も取らずに、ただひたすらアルコールの力にすがっていた。

甥っ子の自閉症

生ぬるい部屋に飼いならされて、半年が経った頃・・・

母からの知らせで、姉の息子が小学生の頃から登校拒否になり、中学も特別クラスだと言う事を知った。

その原因は“自閉症”だ。

大勢の輪に入る事が苦手なこともあり、度々パニックになり学校に行けなくなったらしい。

甥っ子とは、まだ彼が小さい頃に何度か実家で顔を合わせた程度で、特別面識がある訳ではないが胸がギュッと締め付けれた。

何故なら自分も、不登校経験者。

中学の頃だったが、全体を通して三割程度しか登校していない。

友達は沢山いたし、イジメを受けていた訳でもないが登校は断固拒否。

たまに行っても授業中は友達と喋ってばかりで、勉強なんてした記憶がない。

昔から関心ないことには、興味が全く湧かず学校という場所が自分にとって、どんどん居心地が悪くなっていったのだ。

学校へ行かない間は外をブラブラして、友達が学校から帰宅すると合流して遊んでいた中学生時代。

しかし今振り返ると、自分も甥っ子と同じ”自閉症”が原因だったのかなと思う。

サプライズ通知

今まで生きてきて、自分が自閉症だという自覚は一切なかった。

しかし、母から甥っ子の話を知らされた際に、気になる言葉があった。

〇〇(甥っ子)も、”あなた”と一緒で自閉症らしいよ。

母上様・・・

僕も自閉症だったんですか?

それは初耳でございます・・・。

自閉症の特徴

言われてみれば、思い当たる節はいくつもあった。

甥っ子と一緒で、異常なまでに人見知り。

会話の際に視線を合わせるのが苦手で、人の輪に自ら入って行くことも避けてきた。

これは家族に対しても同様で、兄弟とはまともに会話した記憶がない程だ。

当然人混みも大嫌いだから、実は旅行らしい旅行はした事がない。

基本的に人と話すのは好きだし、かなりお喋りだが、それは気を許した人限定である。

更には“音”“感覚”に対し非常に敏感で、私生活においてストレスを感じる事がとにかく多い。

特定の音には我慢できずに、耳を塞いだりもする。

それに自分が興味引く事に関しては、こだわりが強い所も自閉症の特徴と合致していた・・・。

自閉症の特徴

自閉症は発達障害の一つで、症状は、大きく分けて三つ。

①対人関係の障害

②言葉とコミュニケーションの障害

③こだわりや興味のかたより

特に、集団生活を送る上で困難を感じることが多く、場合によっては支援が必要。

自閉症の子は自分のペースを乱されることを極端に嫌がる為、集団行動を送ることに困難を感じやすい傾向にある。

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自覚

ネットで調べれば調べるほど、自分に当てはまる項目が多くある・・・。

自分が”自閉症”の可能性がある事を、自覚するようになった瞬間だ。

病院で診断を受けたとかではないが、それから過去の自分と真剣に向き合った結果それは確信に変わった。

不思議とショックな気持ちは全くなかった。

むしろ、長年抱えてきた“コンプレックス”の根源が分かり楽になったくらいだ。

母からの何気ない一言がキッカケで、自分が“自閉症”と知った訳だが、これが自分にとって転機となった。

克服

『このままじゃダメだ・・・。

現状から這い上がって、甥っ子や、自分と似た経験で苦しんでる人たちの力に少しでなりたい。』

今の自分に何がしてやれるのか?

それすらもわからない状態ではあったが、本気でそういう感情が芽生えたんだ。

そうなるとまずは“鬱”を克服しなければいけない。

だが病院や薬に頼る選択肢は全くなく、一人で鬱と向き合う道を選んだ。

この選択すらも、普通の人からは理解されない“自閉症特有の思考”なのかもしれないが、病院にはとにかく行きたくなかった。

自分との戦い

有酸素運動には、情報伝達のバランスを整える神経物質の一つでもる、『セロトニン』が活性化することを知り、翌日から早朝ランニングがスタートした。

太陽光にも鬱を軽減する作用があり、朝にそれを浴びる事で、睡眠を促す脳内物質『メラトニン』を抑える事も出来る。

つまり再分泌が始まる夜には“良質な睡眠”を自然と取る事が出来るため、その相乗効果は絶大だった。

それに加えて、昼夜問わず毎日飲んでいたお酒も控えるようにして、負の感情が出てきたらとにかく走った。

将来の選択肢

マインドリセットと、運動の甲斐もあり鬱の症状が軽減してきた頃・・・

自分を含めて社会に中々馴染めない人たちの”将来の選択肢”を増やす事をテーマに、日々考えるようになった。

毎日のように図書館に通い、様々な情報を仕入れていく内に、自分が現在の”インターネット社会”に完全に乗り遅れている事に気づいた。

PCを触った事もなければ、知識も皆無。

だがネットを活かすことで、将来の選択肢が増える事は明らかだ。

企業に属さずとも“個人の力””個人”で発信していく事が可能な時代なわけだから、可能性は無限大。

遅れながらもネット社会に活路を見出して、早速PCを購入する事にした。

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ネット社会を活かした生き方

人生初のPCを購入したはいいが、操作から仕様に至る全てにおいて”クエスチョンマーク”が付くレベル。

悪戦苦闘しながらも、SEOに強いと言われている『WordPress』で独自サイトを設立。

ブログという媒体で、自分が得た情報をアウトプットするためだ。

そうする事で、知識も経験も自然と身についていく。

肝心なのは、何を発信していくか・・・

取り敢えず最初は自分の経験談に基づいた“自己啓発”のような内容を、堅苦しい文章で発信していた。

だがそんなのは専門家に任せればいいし、説得力もなければ個性もない。

何より、自分で記事を書いていて全然楽しくなかった。

世間の関心・他との差別化・マーケットの規模を考えた上で、自分だけではなく読んでる方にとって有益な情報と、個性をプラスに転換し、インパクトを与える記事を発信しなければネット上にただ埋もれるだけだ。

新たな試み

過去の記事は全部削除し、“実験”の意味も込めて新たに取り組んだ企画。

ハウステンボスに一ヶ月間通っちゃう、謎のチャレンジ。これよりスタート!

2017.08.07

人気テーマパーク『ハウステンボス』に一ヶ月間一人で通いながら、自分らしくレポートするといったものだ。

この頃には鬱は完全に完治していたが、自閉症なのは変わらない。

相変わらず人混みは苦手だけど、毎日通い”リアルタイム”という付加価値をつけて、現地の状況や映像をツイート(当時のアカウントは現在削除)

そして記事の更新。

『ハウステンボス』というネームバリューも手伝い、記事も含めて反応は上々。

一ヶ月間やりきった頃には、0人だったフォロワーが1000人を超えていた。

本来なら喜ばしい事だが、この時沢山の人が交流するネットの世界すらも、自分には苦しいという事を知った。

気づいたらアカウントを削除し、更新もストップ・・・。

手作りパンと、姉の謝罪

それからはしばらく本業に精を出す日々が続いた。

いつしかブログの事すら忘れて半年ほどが経過していた今年の春に頃に、姉から甥っ子の近況を聞く機会があった。

現在では、特別クラスにも登校することもなく自宅で”家事全般”こなしている様で、それがキッカケで将来はパン作りに携わりたいらしい。

そんな彼が自分の為に作ってくれたパンを姉に手渡されたのだが、それと同時に突然過去の事を謝罪されたのだ・・・。

『あなたが小さい時に何も気づいてあげれなくてゴメンね・・・。一人で寂しかったよね。

本当にゴメンね。』

と。

一人ぼっちの夕食

うちの家族は母子家庭で姉が二人の四人家族。

小さい頃は母親が、朝から深夜遅くまで俺たちの為に働いていてくれていた。

自分がこんなんだから、姉たちとも仲が悪く、家族揃ってご飯を食べた記憶は数えるほどしかない。

反抗期が長かったため、物心ついた頃から一人でコンビニで済ませたり、家にいても一人で食べるのが当たり前の毎日。

中学に上がると学校にも行かずフラフラしてる自分に対して理解を示す事は当然なく、顔を合わせれば喧嘩ばかりしてた。

俺たち兄弟には更に大きな溝ができ、現在に至るまでまともに話した事がない。

恐らく、その事についての謝罪だろう。自分の子供が現在“同じ境遇”に立たされたのを目の当たりにした事で、何か感じるものがあったんだと思う。

その日の夜、甥っ子が作ってくれたパンを食べた瞬間に自然と涙が溢れた・・・。

直接は言えてないけど、ご馳走さま。めちゃくちゃ美味しかったよ。

そして、姉ちゃん・・・俺も反抗ばっかりしてたし、俺の方こそゴメンな。

心機一転ブログ再開

甥っ子のパンを食べて、消えかけていたあの感情に再び火がついた。

自分よりも、自閉症の症状が強い甥っ子・・・

将来パン屋に努める時がきたとしても、職場という新しい環境に順応できるか心配だ。

仮に自閉症が原因で、パン屋の夢が絶たれるのは余りにも残酷だし、そうならない為にも“パン作り”に携われる別の選択肢を与えて上げれる土台作りをしておきたい。

現場が無理ならネットを通じて、オリジナルレシピを発信するでもいいし、それこそパン専門のクッキング動画でもいい。

情報発信をしていく事で、その分野の人と繋がれるだろうし、それによって新たな選択肢が見つかる可能性は大いにありえるからだ。

まだまだ若いし、コレから別の事に興味が湧く日も来るだろう。

それでも何かしら力になれる知識と経験を自分自身が積んでいたいと思い、久しぶりに自分のサイトを開いた。

妄想じゃ〜に〜。誕生

今度の舞台は、日本全国。

流石に全国各地に直接足を運ぶのは厳しいから、ネットの情報と、フリー素材に加えブログを通じて繋がることができた”妄想ネットワーク”を活用。

更にはオリジナルキャラクターに旅をさせて、ストーリー性を取り入れたこれでまでにない”新感覚”の旅ブログとしてリニューアルした。

それが『妄想じゃ〜に〜。』である。

日本全国妄想の旅これよりスタート〜沖縄の中心で愛を叫ぶ〜

2018.05.02

絵は下手くそでもいいから、個性を出す為に作ったキャラクターが“リリー少年”だ。

心のどこかで、甥っ子を意識して生まれたのがリリーなのかもしれない。

絵を描くのは好きなの?と聞かれたら、好きも嫌いもコレまでに描く事自体なかったらなんとも言えない。

しかし絵を見れば一目瞭然で、決して得意ではない事は確かである。

自分でも下手なのは自覚してるが、それが個性に繋がってるとポジティブに捉えている。

執筆に関しても、大の苦手。

まともに勉強してこなかったせいか、文章としておかしな部分も多々あるかもしれないが、それでも書き続ける事で成長していくと信じているし、その過程がいつか自分の言葉に説得力を与えてくれる”経験”になるんだと思う。

妄想を現実に

頭の中で描いたことを、実際に行動に移す事は勇気がいる事だし、行動に移しても成功する事の方が少ないのかも知れない。

でもだからと言って夢を諦めたり、自分の可能性に蓋をするのは本当に勿体無い事だ。

その“イメージ”を形として、気軽に発信していける”インターネットの世界”

そんな世界で、可能性と夢を追い続ける。

旅の道中で様々な夢を持つ仲間と繋がり、共にステップアップしていきたい。

これが、『妄想じゃ〜に〜。』の裏設定でもあり、誕生秘話だ。

あとがき

これまで歩んできた人生という旅において、何度もぶち当たった壁。

月並みではあるがで立ち止まっていても、新しい景色なんて何一つ見れなかった。

光の届かない部屋から勇気を出して歩み始めた時、太陽が僕を照らしてくれた。

歩みを止め一人で立ち竦んでいる他の誰かにも、その光が届く事を僕は願っている。

歩き始めれば、また必ず壁にぶち当たるだろう。

だけど、それは前に進んでいる証拠でもあるんだ。

だから僕は今日も前へ進む。

お知らせ

観光スポットをただ巡るだけではなく、テーマパーク・観光スポットの関係者様、ブロガー、イラスト、音楽、写真、ユーチューバー。

純粋な気持ちで参加いただける方限定で、ジャンルは問わず”妄想じゃ〜に〜。”の世界で多種多様な方法でご紹介をさせて頂きます。

そして“妄想ネットワーク”が生み出す相乗効果で、不可能なことを少しでも可能にしていけるように皆様との繋がりを大事にしていきたなと思っておりますので、何かありましたらお気軽にご連絡下さい。

@LILY_LORE_

まだまだ未熟で至らない点も多々ありますが、これからも当ブログをどうぞよろしくお願いします。

大変長くなりましたが、最後まで読んで頂き感謝です。

これからも明るく楽しくガンガンふざけていくので、今後の旅にご期待下さいませ。

妄想じゃ〜に〜。参加者募集の詳細はコチラの記事

妄想じゃ〜に〜。の世界に参加したい方を募集中!!!

2018.05.23